?たとえば、こんな風に考えてみてはどうですか…

環境活動家の意見には賛同できかねる、という人も「環境が良くなっている」と言うほど楽観的じゃないでしょう。温暖化に懐疑的でも、気候変動の影響が無視できるとは思わないですよね。
新しいエネルギーが実用化されているとはいえ、資源のいくつかは、いつかは枯渇するかも知れません。
世界の人口が、このままのペースで増え続けられるとは思えないけれど、新興国や途上国の人々が先進国並みの生活を手に入れたとき、いったい地球上ですべて賄えるんでしょうか。
こうして見ると、いま私たちは良いけれど、子供や孫たち=将来の世代は大丈夫だろうか、現代のような生活がいつまでできるんだろう、という、漠然とした、そして、言い知れぬ不安がよぎります。


!いま思い浮かぶ、現実的にベターな方法を考えてみたら…

将来の世代が心配だからといっても、今さらエネルギー消費や生産活動をすべてストップして、産業革命以前の世界に戻れるわけもありません。ならば、私たちと、近い将来の人たちだけが太く短く生きるのではなく、遠い将来まで、できれば永劫に、細く(少し豊かに)長く発展を続けていけるように工夫しましょ、という考え方―― そのためには、エネルギー消費や生産活動を、歩留まりよく効率的にするための研究・開発・改善・努力は、目いっぱいしていかなきゃならないんですが… ――。
いわば、これが、“サステナビリティ”ではないのかな、と思うのです。


!合い言葉は、「あなたの子孫に、胸を張って誇れる生き方を!」

アメリカ先住民に、『大地は祖先から受け継いだものではない、子孫から借りているものなのだ』という諺があります。借りてるんだから、大切に使って当たり前。壊したり傷んだら、修繕して元通りにして返しますよね。
私たちが暮らすこの環境も、それに社会だって同じこと。「受け継いだ」なんて言われると、なんだか知らないうちに押し付けられたみたいで、「めんどくさい!」って、つい無責任になったり。ですが、必ず返すんだと思えば「大事にしなきゃ」と心がけるでしょ。将来この世にやってくる子供や孫たちに、「頑張ったよ」って、堂々と胸を張れる生き方がしたいもんです。
サステナビリティ社会をつくるための、これが原点だと、私たちは考えています。